行政協議と「復元」という考え方【金沢プロジェクト#02】

レポート 2026.06.19

9月初旬。

2回目の現地調査のため再び金沢へ向かいました。

前回の調査によって、建物の状態や法的な課題が少しずつ見え始めていました。

一方で、この頃から新たなテーマとして浮上してきたのが、金沢市の補助金制度です。

今回の計画では、歴史的建築物の保存活用を支援する「金澤町家再生活用事業」の活用を検討していました。

歴史ある建物を残しながら活用する。

一見すると今回のプロジェクトにぴったりの制度に思えます。

実際、我々もそう考えていました。

補助金申請には概算見積りが必要となるため、急遽計画をまとめることになります。

この時の現地調査には、dot studioの上野さん、麻生さん、重山さんにも参加いただきました。

また、dot studioとお付き合いのある大工の吉本(左吉)さん、解体工事をお願いする予定の八尾興業さんにもお越しいただきました。

今回の計画では、本堂を残しながら庫裡や付属建築物を解体する可能性があります。

しかし長い年月の中で増築が繰り返されており、図面だけではどこで本堂と庫裡を切り離せるのか判断できません。

そこで実際に建物を確認しながら、

本堂と庫裡をどの位置で切り離せるのか。

残すべき柱や梁はどこなのか。

解体後に本堂がどのような状態になるのか。

皆で確認を行いました。

手分けして申請時に必要な既存建物の寸法や仕上げの確認をdot studioの麻生さん、重山さんにお願いしている間に、現況の下地や納まりを田口と上野さんで確認しました。


写真の中央で調査していただいているのが大工の吉本さんです。

本堂と庫裡をどの位置で切り離せるのか、残すべき柱や梁はどこなのかを、実際に建物を見ながら確認していただきました。

後に本堂と庫裡を切り離す難しい工事を行うことになりますが、この時の調査がその判断の土台となっています。

我々は埼玉、東京を拠点としているため、金沢の現場へ気軽に来ることができません。

しかしこの建物は、一度現場を離れると細かな記憶が少しずつ曖昧になっていきます。

柱の位置。

梁の高さ。

増築された部分との関係。

行政協議が進むにつれ、現地へ行かずに建物を確認したい場面が増えていきました。

そこで本堂の内外をLiDARスキャナで記録していきます。

まるで建物そのものを持ち帰るような作業でした。

歩きながら読み込んだデータは鳥瞰図のような形でも確認することができ、青焼き図面と比較することで増築部分の把握にも役立ちます。

後に振り返ると、この時のデータは設計だけでなく、建物を理解するための大切な記録にもなっていました。

建物全体の記録を行う一方で、建物そのものが持つ痕跡についても調査を進めました。

そこで一部外壁を剥がし、過去の痕跡を探る調査を行います。

結果として決定的な証拠は見つかりませんでしたが、建物が歩んできた時間や改修の履歴を読み取ることができました。

行政との協議を進めるにつれ、設計だけではなく法規や制度面での整理も重要になってきました。

行政との協議や補助金申請に向けた整理が本格化する中、この頃からdot studio東京スタッフの池田さんがプロジェクトに加わっていただきます。

主に行政との協議や法的な確認作業を担っていただきながら、上野さん、池田さん、田口、三重野を中心としたチーム体制が形づくられていきました。

一方で、行政との協議は少しずつ長期戦の様相を見せ始めていました。

特に印象的だったのが、「復元」という考え方です。

今回の建物は、長い年月の中で何度も増築や改修が繰り返されています。

第一話でも触れたように、唯一残されていた青焼図面と現況を比較すると、図面には存在しない増築部分が数多く確認されました。

そうした状況の中で、行政からは「本来の姿への復元」という考え方が示されることになります。

この時はまだ、その言葉が後に長い協議へと発展していくとは思ってもいませんでした。

補助金制度の要項を読み込む中で、我々は

「維持」

「継承」

「保存」

「活用」

という言葉を前提に計画を進めていました。

歴史的景観に配慮しながらも、宿泊施設として継続的に利用できる建築を目指す。

それが今回のプロジェクトの方向性でした。

しかし実際の協議では、一貫して「復元」という考え方が中心にありました。

元々の仕上げが分からない場合はどうするのか。

近隣の歴史的建築物はどうなっているのか。

同年代の寺院建築ではどうだったのか。

宗派による特徴はないのか。

なぜその仕上げになるのか。

その一つ一つについて根拠を求められます。

例えば、

・なぜ漆喰なのか

・なぜ下見板なのか

・なぜ銅板なのか

それらを、

「この時代の、この地域の、この宗派の寺院として妥当である」

と説明する必要がありました。

もちろん歴史的建築物を守ろうとする姿勢は理解できます。

我々も、この建物の価値を大切にしたいという思いは同じでした。

ただ一方で、この建物は博物館になるわけではありません。

これから先、人が宿泊し、運営され、維持され続けていく建物です。

断熱性能。

維持管理。

消防法。

旅館業法。

そういった現代建築として必要な性能も同時に成立させなければなりません。

メール。

電話。

資料提出。

修正案作成。

気付けば何か月も同じテーマについて協議を続けていました。

そして12月。

書類を整え、ついにお施主様にも同席いただき、金沢市役所へ直接相談に向かうことになります。

日帰りでの金沢。

ほとんど打合せだけで終わり、気付けば写真を一枚も撮っていませんでした。

それほど必死だったのだと思います。

その際、行政担当者の方から印象的な説明がありました。

「もし工事中に新たな痕跡が発見された場合は、その都度立ち止まり検討してほしい」というものです。

例えば外壁を解体した際に、当初想定していたものとは異なる仕上げの痕跡が発見された場合。

あるいは解体を進めた結果、新たな歴史的痕跡が見つかった場合です。

歴史的建築物の保存という観点では理解できます。

しかし今回のプロジェクトは宿泊施設への用途変更を伴う計画です。

場合によっては確認申請にも関わる内容となり、設計変更や計画変更が必要になる可能性もあります。

その場合は工事を一旦止め、再度協議を行う必要が出てきます。

工事会社から見れば工程が読めません。

お施主様から見れば予算が読めません。

設計者としても非常に難しい判断になります。

誰が正しいという話ではありません。

今振り返ると、お互いに建物を残したいという思いは同じだったのだと思います。

ただ、その方法論が少し違っていただけなのかもしれません。

我々は、

「これから先も使い続けられる建築」

を考えていました。

行政は、

「歴史的価値をどう継承するか」

を考えていました。

その両者が同じ方向を向いているようで、少しずつ違う場所を見ていたのかもしれません。

補助金額だけを見れば決して小さな金額ではありません。

それでも我々は利用しないという選択をしました。

制度が悪いわけではありません。

今回のプロジェクトでは、

「この建物をどう残すか」

だけではなく、

「この建物を今後どう使い続けていくか」

という視点も同じくらい重要だったからです。

行政との協議を続けている間、我々はずっと

「この建物をどう残すか」

を考えていました。

しかし協議が一区切りしたことで、ようやく別のことを考えられるようになります。

それは、

「この建物でどのような時間を過ごしてもらうか」

ということです。

本堂が持つ独特の暗さ。

静けさ。

長い年月を経た木材の質感。

そして、お施主様が最初に語られていた光と影の世界。

ここからようやく、建物を残すための議論から、建物の中で生まれる体験をつくるための議論へと進んでいきます。

 

金沢プロジェクト連載一覧