寺院を宿泊施設へ。金沢プロジェクトの始まり
レポート 2026.05.29
工事着工を目前に控え、ようやくこのプロジェクトの全体像が見え始めました。
昨年の夏から始まったこの計画を、記録として少しずつ振り返っていきたいと思います。
今回の計画は、金沢市内にある寺院本堂を宿泊施設として活用できないか、というご相談から始まりました。
この段階ではまだ、
・民泊(住宅宿泊事業)
・簡易宿所
のどちらで進めるかも決まっていません。
建物の可能性を探りながら、どのような運営形態が最適なのかを検討している段階でした。
TAGKENでは普段、設計から施工まで一貫して行う「設計施工」の体制で仕事をしています。
しかし今回は金沢という遠方でのプロジェクト。
そこで富山で北陸を中心に活動する旧友・増山さんが共同主宰する dot studio に協力をお願いし、共同でプロジェクトを進めることになりました。
最初に現地写真を見た時、正直かなり難しい案件だと思いました。
建物は1944年(昭和19年)建立。
建築基準法制定以前の木造の伝統工法建築であり、確認済証も存在していません。
長い年月の中で増改築が繰り返されており、当時の図面は無い状態でした。
ただ、不思議と「壊してしまった方が早い」という感覚にはなりませんでした。

写真越しでも分かるくらい、本堂には独特の空気が残っていたからです。
TAGKENとして古い建築の改修に深く関わるのは、以前「住まいのリフォームコンクールの国土交通大臣賞」「グッドデザイン賞」を受賞した『掛軸の家』以来になります。
新築ではゼロから空間を作ることができます。
しかし古い建築は違います。

すでにそこに流れている時間や空気を壊さずに、新しい役割を与えなければいけません。
そこが難しくもあり、面白いところでもあります。
今回のお施主様との最初の打ち合わせで、とても印象的だったのが、最初にいただいたコンセプトコピーでした。
「昼は薄明が差し、夜は灯りに影が浮かぶ宿」
「闇を排除せず、陰翳を受け入れ、静けさと緊張感のあわいに美を見出す」
単なる和風の宿ではなく、静かな時間そのものを楽しむ場所を目指していることが伝わってきました。
この言葉を読んだ時、この建物が持つ空気感とも非常に相性が良いと感じたことを覚えています。

7月初旬、初めて現地へ向かいました。
現地は、ひがし茶屋街から程近い場所にあります。
観光地のすぐ近くでありながら、敷地の中には静かな空気が流れていました。
現地調査当日は、
・役所調査
・近隣境界確認
・既存建物調査
を同時進行で進めていきました。
また、本堂は伝統工法によって建てられているため、構造家のラケンネ・増田さんにも現地へお越しいただき、耐震性や躯体状況について確認を行いました。
実際に建物の中へ入ると、予想以上に状態は悪くありませんでした。
もちろん、外壁の傷みや増改築部分など、表面的な劣化はかなりあります。

ですが、小屋裏や床下まで確認していくと、躯体そのものには大きなダメージが少なく、伝統木造としてはかなり健全な状態が残されていました。

むしろ驚いたのは断熱性能でした。
床材は長い年月の中で痩せており、その隙間からは地面が見える部分もありました。
木製建具も隙間だらけで、実際に建物の中に立っているだけで風が入り込んできます。
もちろん寺院建築として考えれば不思議なことではありません。
本来は人を快適に宿泊させるための建物ではなく、修行や祈りのための空間だからです。
静寂と引き換えに、快適性はほとんど考慮されていません。
夏は冷房がいらないほど風が抜けて気持ちが良い空間でした(実際にエアコンの形跡なし)。しかし金沢の雪が降る冬を考えると、そのまま宿泊施設として利用するにはかなり厳しい環境でしょう。
一方で、この建物の魅力もまた、その環境の中にあります。
「この空気感を壊さずに、どう快適性を成立させるか」
この時点で、今回の設計の難しさが見え始めていました。
そんな調査の中で、中山住職さんに立ち合いいただくことができ、過去の測量図では曖昧であった隣地境界の説明をしていただきました。

周囲10件以上に面する敷地ですので、後々近隣とのトラブルにならないように、どこが境界か。ということを知っておくことは大事なことなのです。
そして一枚の図面を見せていただきました。唯一残されていた青焼きの配置図です。

図面には庫裡の増築計画が描かれており、日付を見ると建築基準法制定後まもない時期のものでした。
ところが、その図面と現況を見比べると様子がおかしい。
本堂の中央で、慌ただしく書類を広げて皆で確認作業です。
左からdot studioの上野さん。TAGKEN三重野。右奥に田口の旧友でもあるdot studioの増山さん。右中央に構造家、ラケンネの増田さん。右手前にdot studioの沼さん。

図面と現況を見比べ始めると、すぐに違和感に気付きます。本堂は四方に増築された痕跡が見受けられます。
さらに図面に描かれていた庫裡よりも、実際には平面的に大きく増築され、いつの間にか二階まで乗ってしまっています…
必要性の積み重ねによって、少しずつ建物が変化していったのでしょう。
建築的に見れば違法増築に該当する部分もあります。
しかし実際に現地を見ていると、それは単なる違反というよりも、この建物が長い間使われ続けてきた痕跡のようにも感じられました。
ただ今回、宿泊施設として用途変更を行うにあたり、それらを一つ一つ整理していく必要があります。
そして後に、この「どこまでを元の姿として扱うのか」という問題が、大きな行政協議へと発展していくことになります。
また、この建物は現在も地目が「境内地」のままになっています。
宿泊施設として継続運営していくためには、将来的に宅地への地目変更も含めて整理していかなければなりません。
建物だけではなく、土地そのものの役割も変わっていく。
今回の計画は単なるリノベーションではなく、一つの場所の未来を考えるプロジェクトでもありました。
調査を終えた後は、ひがし茶屋街の料亭(よこやま)にて、今回のお施主様である下重さんと食事をご一緒しました。

この時ばかりは皆、目の前の課題を忘れて金沢の夜を楽しんでいました。
が、課題は山積みです。
確認申請。
用途変更。
違法増築部分の整理。
断熱性能。
消防法。
景観条例。
今後、金沢市の「金澤町家再生活用事業」という補助金制度についても調査を始めていくことになるのですが、
この時はまだ、補助金を活用しながら歴史的建築物を再生していけるものだと考えていました。
しかし、この考えは後に大きく揺さぶられることになります。