素材と家具がつくる空間【金沢プロジェクト#05】
PROJECT STORY 2026.08.21
地鎮祭を終え、いよいよ工事が始まろうとしていました。
図面はまとまりました。
見積もりもまとまりました。
しかし、図面がまとまっただけでは、空間は完成しません。
どのような素材を使うのか。
どのような家具を置くのか。
それによって空間の印象は大きく変わります。
今回のプロジェクトでは、家具についても建築の一部として考えていました。
下重さん(お施主様)も家具やアートに対する強いこだわりをお持ちで、計画初期の段階から様々なイメージをご共有いただいていました。
こちらが内装の打ち合わせの際にお持ちになられた資料です。(平面図は初期の庫裡を再利用する案です)

我々設計者だけで決めるのではなく、下重さんと意見交換を重ねながら選定を進めていきました。
CGを活用しながら、
家具の大きさ。
素材の質感。
木部の色味。
張地の表情。
空間全体のバランス。
を確認していきました。
単体で魅力的な家具でも、本堂の中に置いた時に違和感があれば意味がありません。
建築と家具を別々に考えるのではなく、一つの空間として考えていく作業でした。
候補として検討した家具メーカーは、
です。
どこか一社に統一するのではなく、それぞれの家具が持つ個性や役割を見極めながら組み合わせていきました。
Areaは無垢材を活かした力強い家具づくりが特徴です。
本堂が持つ木の質感や経年変化との相性も良く、置き家具だけではなく造作家具についてもお願いすることになりました。
Stellar Worksは日本と海外の感性を融合させた家具メーカーです。
伝統的な素材感と現代的なデザインが共存しており、歴史的建築物と新しい増築棟が共存する今回の計画ともどこか重なる部分がありました。
Fritz Hansenはデンマークを代表する家具メーカーです。
北欧家具らしい軽やかさと普遍性を持ち、空間に程よい緊張感を与えてくれます。
置き家具、造作家具の検討にあたって、お施主様と共に神宮前のAreaショールームへ足を運びました。

ショールームには様々な家具が並んでいます。
無垢材の表情。
仕上げの違い。
触れた時の感触。
写真では分からない情報がそこにはありました。

最初にご案内いただいたのは、Area担当の藤生さんお勧めのラウンジチェア『A-27』です。肘掛けは繊細に削り出され、ずっと撫でていたくなるような心地よい質感があります。座面もたっぷり広く、長い時間座っても疲れない、とても心地よい椅子でした。
右にあるサイドテーブル(UMEBON)も和風のおぼんに足を付けたようなとても愛嬌のあるものでした。

こちらのラウンジチェア「HASHIRAMA」は、一般的なラウンジチェアよりも大きなフレームを持ち、先ほどの物と比べると緊張感のある椅子です。
もちろん普通に腰掛けることもできますが、あぐらをかいて過ごせるほどのゆとりがあります。通常のラウンジチェアというよりは、「上段の間に着座」するようなイメージに近い椅子に感じました。
皆で色々な格好で座ってみて、座り心地だけではなく視線の高さや祭壇との距離感も確認しました。

こちらのローテーブルは切り株の断面と大理石を組み合わせ、細いスチールの足で天板が浮遊しているように感じました。貴重なウォルナットを使用しているため、同じ表情のテーブルは二つとしてありません。空間の主役になりそうなテーブルです。
Areaの家具は、洗練された和のデザインの中にどこか力強さを感じます。
歴史ある本堂の空間とも自然に調和しそうだという印象を受けました。
実際に家具へ座りながら、
どのような木材を使うのか。
どのような仕上げにするのか。
本堂の中でどのように見えるのか。
一つ一つ確認していきました。
家具を選んでいたのではなく、この場所でどのような時間が流れるのかを考えていたのだと思います。
また、家具と並行して素材選定も進めていました。
今回の計画では、本堂については出来る限り既存の躯体や建具を活かしていく方針です。
新しいものへ全て置き換えるのではなく、これまで積み重ねられてきた時間を残しながら、新たな空間をつくっていきます。
そのため、新たに加わる素材には特に気を使わなければなりませんでした。
中でも最も重要だったのが本堂中央に設ける床材です。
ラウンジの中心となり、人が最も長く滞在する場所でもあります。
木製床材メーカーであるIOCと望造からサンプルを取り寄せ、比較検討を行いました。

写真手前の3枚はIOCの床材です。
小さなピースの左2枚はオークとアッシュを着色したもの。
右手前は墨のような黒い塗装を施した後にブラッシングを行い、オークの木目を浮かび上がらせた仕上げです。
どれも魅力的な表情を持っています。
一方で、写真上部2列に並んでいる幅広の床材は、望造の「MONSTER」と「ROCKHAND」というシリーズです。
木が本来持つ表情を活かしながら、職人がノミやカンナを使い一枚一枚手作業で仕上げています。
一般的な床材ではオークが定番ですが、この時特に気になったのが栗材でした。(左上2枚)
力強い木目。
素朴でありながら品のある表情。
どこか本堂の空気感とも共通するものを感じます。
そこで望造の担当である根岸さんへ相談しました。
プロジェクトの経緯。
本堂の写真。
CGによる完成イメージ。
それらをお渡ししたところ、標準色にはない特別な調色を施したサンプルを製作して持ってきてくださいました。
それがこちらです。

説明を聞く前から、
「これだ」
と思いました。
栗本来の木目を残しながら、何十年も使い込まれてきたかのような深みのある色合い。
この独特の色味は一般的な着色材とは少し違って見えました。

どこか燻製加工を施した木材のような深みがあります。
しかし根岸さんによると、燻製ではなく望造が独自に開発した特殊な塗料とのことでした。
塗り重ねる回数によって色の濃さを調整できるそうですが、不思議なことに表面だけを着色したようには見えません。
まるで木材の内部まで色が浸透しているかのような奥行きを感じます。
さらに職人によるハンドスクレイプ仕上げが生み出す縦方向の流れ。
今回の計画では金沢という水の街らしさも意識していました。
用水路が街中を流れ、
雨や雪が風景をつくり、
湿度までもが街の個性になっている場所です。
本堂へ向かう主軸の床を、この栗材によって川の流れのように見立てることができないだろうか。
そう考えた時、この床材は単なる仕上げ材ではなく、この建築のコンセプトそのものを支える素材のように思えました。
実際に本堂へ持ち込み、床に並べて確認してみました。

室内にはまだ照明器具はありません。
左側の開口部から差し込む光だけです。
障子を通して拡散された柔らかな自然光が床材に落ちると、ハンドスクレイプによる凹凸が静かに浮かび上がります。
木目の陰影。
削り跡の表情。
色の深み。
サンプル単体で見ていた時には気付かなかった魅力が次々と現れてきました。
まさにイメージしていた通りの効果です。
いや、正直に言えばイメージ以上だったかもしれません。
CGの中で何度も検討してきた空間でしたが、本堂という実際の建築の中で見ると、そこには図面やCGだけでは分からない豊かさがありました。
お施主様にも実際にご確認いただきました。
もちろん当初想定していた床材より金額は上がります。
それでも、この床が本堂の空間に欠かせないものであることをご理解いただき、採用する方向で進めることになりました。
振り返ると、この瞬間に本堂ラウンジの中心となる風景が見えたような気がします。
そしてこの頃から、もう一つの大きなテーマについて考える時間が増えていきます。
それは「光」です。
お施主様が最初に語られていた、
「昼は薄明が差し、夜は灯りに影が浮かぶ宿」
という言葉。
その答えを探すため、我々は新たな出会いへと向かうことになります。
金沢プロジェクト連載一覧
- 第1話|勝隆寺との出会い
- 第2話|復元と行政協議
- 第3話|主軸と副軸
- 第4話|理想と現実の間で
- 第5話|素材と家具(この記事)
- 第6話|近日公開予定