寺院を宿泊施設へ | 闇を起こす光【金沢プロジェクト#06】

PROJECT STORY 2026.09.04

第5話では家具や素材についてお話ししました。

本堂の空間を形づくる要素が少しずつ決まり始め、建物の輪郭も見え始めてきます。

しかし今回の計画には、まだ答えが見えていないテーマが残されていました。

それが「光」です。

お施主様が最初に語られていた、「昼は薄明が差し、夜は灯りに影が浮かぶ宿」という言葉。

図面やCGを描きながら考えてはいましたが、正直なところ、この時点ではまだ私自身もその光景を明確に想像できていませんでした。

そんな頃、The Libraryで共同設計を行っているカガミ建築計画の各務さんから、

「面白いものがあるので一度見に行きませんか」とお誘いいただきます。

それがカネカのショールームでした。

その時の様子は、各務さんがまとめられているブログでもご紹介いただいています。

カネカのショールームへ伺うと、そこには照明家の豊久将三さんがおられ、カネカの皆様と共に有機EL照明についてご案内いただきました。

今まで体験したことのない光でした。

勝隆寺にどう使えるのか、この段階ではまだ分かりません。

しかし、どこかでこの光が今回のプロジェクトと繋がるような気がしていました。

光源の存在感が極めて薄く、光と影の境界が曖昧になる不思議な感覚。

見学を終えた後、現在進めている勝隆寺のプロジェクトについても短い時間でしたが、様々なお話をさせていただきました。

ショールームを後にしても、その光景がなかなか頭から離れませんでした。

そして後日、私の方から改めて見学と実験のお願いをさせていただくことになります。

 

その後、改めてカネカのショールームを訪れる機会をいただきました。

当日はお施主様である下重さんにもご参加いただき、田口、三重野、池田も同席しています。

またカネカの藤澤さん、佐藤さん、初めてお会いする開発の松田さん、梅崎さん。

そしてキルトデザインプランニングオフィスの豊久将三さん、北畠さんにもお越しいただきました。

この日の目的は、実際に有機ELの光を体験することでした。

最初に案内いただいたのは、間接照明を中心に構成された空間です。

LED照明では、壁や天井に光と影の境界線が比較的はっきり現れます。

しかし有機ELでは、その境界が驚くほど曖昧でした。

照らされているというより、光が空間に溶け込んでいく感覚。

体感としては、光に包まれているような不思議な空間でした。

 

次に案内いただいたのは、東京藝術大学のヨコミゾマコト先生の研究室が設計したお部屋です。

空間の中央には一本の長い照明器具が置かれ、その上下に有機ELパネルが組み込まれています。

着席すると、ちょうど目線から光源が隠れるように計画されており、直接光源を見ることはありません。

さらに驚いたのは、この部屋にはその照明以外の光源が存在しないことでした。

試しに机の上へ手をかざしてみます。

先ほどLED照明の下で試した時には、くっきりと影が現れていました。このように↓

しかし有機ELの下ではほとんど影が現れません。

真上から照らしているにもかかわらずです。

有機ELの面発光によって、光が様々な方向へ回り込み、影を極端に柔らかくしていることが体感できました。

 

三つ目のお部屋は、東京大学の千葉学先生の研究室が設計した空間です。

天井にはキューブ状に区画された構造があり、その中に8cm角の有機ELパネルが散りばめられています。

小さな光の窓のような有機ELパネルが天井の区画を浮かび上がらせ、空間に静かな奥行きをつくっていました。

どのお部屋も非常に魅力的でした。

しかし同時に感じていたこともあります。

それぞれの空間は真っ白な内装によって、有機ELという光のキャラクターを体験するために設計されていました。

一方で我々が目指しているのは少し違います。

勝隆寺で挑戦したいのは、空間を明るくすることではありません。

闇の中に、ほんの少しだけ光を足すことです。

そのため、我々が求めている光のあり方は、ショールームで体験した世界とはまた別の場所にあるようでした。

 

そして今回の訪問で、私が最も確かめたかったことがあります。

今回、千葉学先生の研究室が設計したお部屋をお借りして、特別な実験を行わせていただくことになりました。

以前お伺いした際に質問させていただいた、

「有機ELの調光をさらに下げることはできないのでしょうか」

という検討です。

既製品の有機ELは10%以下まで照度を落とすことができません。

しかし我々が求めていたのは、そのさらに先にある世界でした。

本堂の持つ暗さを消さず、空気の明度だけをほんの少し持ち上げる。

そのためには10%でもまだ明るすぎるのではないかと考えていたのです。

この日のために、カネカの皆様には特別な調光装置をご用意いただいていました。

実験では0.01%から10%までの超低照度域を確認していきます。

 

写真では明るい室内の机の上に、ただ有機ELパネルが置かれているように見えます。

一見すると電源すら入っていないように見えます。

しかし部屋の照明をすべて消した瞬間、そのパネルが僅かに発光していることに気付きます。

それが0.01%の世界でした。

正直なところ、最初は点灯していることすら分かりませんでした。

しかし目が慣れてくると、確かにそこに光が存在していることが分かります。

人の目は暗さに順応します。

夜道を歩いている時や、映画館へ入った時のように、暗い空間に身を置くことで少しずつ見えるものが増えていきます。

これを暗順応といいます。

たどり着きたかったのは、まさにその領域でした。

光によって空間を理解させるのではなく、暗さの中で少しずつ空間が立ち上がってくる感覚です。

0.01%。

0.1%。

1%。

そして10%。

少しずつ照度を上げながら確認を続けます。

どの段階で十分なのか。

どこから明るすぎるのか。

10%という数字だけを見れば暗いように思えます。

しかし暗順応した空間の中では、その印象は全く違いました。

皆で確認しながら議論を続けていきました。

そして実験の途中、豊久さんがふとこんな言葉を口にされました。

「これ以上の明るさはいらないかもしれませんね。」

さらに続けて、

「有機ELだけで空間を成立させることができるかもしれませんよ。」

その時、豊久さんに見えている景色は、まだ私にはぼんやりとしか見えていませんでした。

しかし不思議と不安はありませんでした。

カネカの皆様。

豊久さん。北畠さん。

下重さん。

そして我々設計チーム。

実験を続ける中で、皆が同じ方向を見ていることだけは分かりました。

言葉よりも先に、その場にいる人たちの目が輝いていたのを覚えています。

建築。家具。そして光。

少しずつ、このプロジェクトが一つの姿を結び始めていました。

そしてこの日、カネカの皆様にプロジェクトへのご協力をお願いし、豊久将三さんにも照明設計として正式に参加いただけることが決まりました。

今振り返ると、大きな転機だったように思います。

今思えば、全ての始まりは各務さんからいただいた一つのお誘いだったのかもしれません。

 

我々が探していたのは光だったのでしょうか。

もしかすると、そうではなかったのかもしれません。

 

光は作ることができます。

しかし闇は作ることができません。

その日から我々は、光を計画しているのではなく、闇を探す旅をしているのかもしれないと思うようになりました。

その答えを探す旅は、まだ始まったばかりです。

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