本堂のコンセプトと計画案【金沢プロジェクト#03】

PROJECT STORY 2026.07.10

長かった行政協議が一区切りし、ようやく設計そのものに向き合える段階へ入ってきました。

ここからは、

「この建物でどのような時間を過ごしてもらうか」

を考える番です。

行政協議や補助金検討と並行しながら、少しずつ設計の輪郭を固めていきます。

設計を進める上で最初に整理しなければならなかったのは、本堂以外の建物をどう扱うかということでした。

今回の計画では、本堂については出来る限り既存を活かすことを前提に考えています。

一方で、庫裡や増築部分については様々な可能性を検討しました。

行政との協議に向けて、

庫裡を活かす案。

一部改修する案。

建て替える案。

複数のパターンを用意しながら検討を進めていきます。

しかし調査を進める中で、庫裡は長い年月の中で確認申請を経ずに増築が繰り返されていたことが分かってきました。

法的な整理や今後の運営を考慮すると、そのまま残すことは難しいという判断になります。

結果として、本堂は出来る限り残し、宿泊施設として必要な機能は新たな増築棟によって補完する方針が固まりました。

 

今回のお施主様から最初にいただいたコンセプトの中で、特に印象的だったのが光についての考え方でした。

昼は薄明が差し、夜は灯りに影が浮かぶ宿。

闇を排除せず、陰翳を受け入れ、静けさと緊張感のあわいに美を見出す。

まさに既存の本堂の写真にその表現が詰め込まれています。

一般的な宿泊施設では、いかに明るく快適にするかが求められます。

しかし今回目指したのは少し違います。

本堂が元々持っている静けさや暗さを消すのではなく、その魅力を活かしながら快適な空間へ変えていくことでした。

勝隆寺の敷地は、いわゆる旗竿地です。

道路から細いアプローチを抜けた先に本堂が建っています。

街の喧騒から少しずつ距離を取りながら建物へ向かう感覚は、寺院ならではの魅力の一つかもしれません。

本堂の入口を開けると祭壇が見えます。

しかし実は祭壇は入口の真正面ではありません。

半間ほどずれた位置に配置されています。

もちろん建築として成立しているのですが、我々はこのズレがずっと気になっていました。

そこで今回の改修では入口の間口を整理し、本堂へ入った時に自然と祭壇へ視線が向かうよう軸線を整えることにしました。

建物を大きく変えるわけではありません。

ほんの少しの補正です。

しかし人が空間から受ける印象は大きく変わります。

宿泊施設としては祭壇前の空間がラウンジとなりますが、元々建物が持っている求心力をより素直に感じられる空間になるのではないかと考えています。

新しいデザインを持ち込むのではなく、元々そこに存在していた魅力を引き出すこと。

それが設計の基本的な考え方でした。

一方で、宿泊施設として必要となる機能は本堂だけでは完結しません。

寝室。

浴室。

管理用倉庫。

設備スペース。

これらは新たに増築棟へ配置することにしました。

本堂へ向かう主軸は、日常から非日常へ向かう軸です。

細いアプローチを抜け、本堂へ入り、祭壇へと導かれる。

それは単に建物へ入るという行為ではなく、現代の日常から少しずつ切り離されていく体験そのものです。

一方で、本堂から増築棟へ向かう副軸も、この計画において大切な意味を持っています。

本堂の玄関脇から伸びる廊下は、一本の軸として一直線に計画しています。

その先に渡り廊下があり、さらに増築棟へと続いていきます。

増築棟そのものは中庭を囲むように角度を振って配置されていますが、人の移動は一本の軸によって導かれます。

この軸は単なる通路ではありません。

本堂へ向かう主軸が、日常から非日常へ向かう軸だとすれば、

こちらの副軸は、記憶から現在へ向かう軸です。

昭和19年に建てられた本堂。

そして現代に建てられる増築棟。

渡り廊下は二つの建築をつなぐための通路ではなく、二つの時間をつなぐための装置として考えています。

歴史ある建築の中で過ごした時間を携えながら、新しい建築へ移動する。

ほんの数歩の距離ですが、その移動の中で時間が切り替わるような感覚を味わってもらえたらと思っています。

また本堂と増築棟の間には中庭を設けています。

庭越しに本堂を見る。

あるいは増築棟を見る。

それぞれがお互いの背景となりながら、一つの風景をつくり出します。

今回の計画で主役なのは、あくまで昭和19年に建てられた本堂です。

増築棟は本堂を支えるための建築であり、決して主役になろうとはしていません。

建物を増やすための増築ではなく、本堂という建築の魅力をより引き立てるための増築。

その考え方が、この計画全体の骨格になっています。

 

今回のお施主様は照明計画に対する思い入れも非常に強く、

「実際に照明計画を行う設計者と直接話をしたい」

というご要望をいただいていました。

そこで照明メーカーへ協力をお願いし、照明計画を担当される設計者の方との打合せを行うことになります。

打合せの中で、その設計者の方がお施主様と以前から面識があったことも分かりました。

光に対する考え方も共有できそうで、当初は照明計画についても大きな期待を寄せていました。

しかし実際に計画を進める中で、我々が思い描いていた内容を十分に共有しながら進めることが難しい状況もありました。

これは個人の問題ではなく、組織としての進め方や体制による部分も大きかったのだと思います。

我々が求めていたのは器具選定だけではなく、この建物でどのような光を実現するのかを共に考えることでした。

本来であればもっと早い段階で議論したいテーマでしたが、この頃はまず建物全体の方向性を固めることを優先して進めていました。

計画が具体的になるにつれ、空間の輪郭も少しずつ見え始めてきました。

本堂に差し込む光。

夜の静けさ。

家具の高さや距離感。

図面だけでは分からない空間の質を意識しながら、一つずつ選択を重ねていきました。

歴史ある本堂を主役とし、新たな建築はその魅力を引き立てる脇役として計画する。

光と影を大切にしながら、人が静かに時間を過ごせる場所をつくる。

ようやく、この建物で過ごす時間のイメージが見え始めてきたように思います。

しかし計画が具体的になればなるほど、現実もまた鮮明になっていきます。

歴史的建築物の改修。

用途変更。

断熱性能の向上。

消防設備。

そして新たな増築棟。

理想として描いていた空間は、思っていた以上に大きな工事になろうとしていました。

図面の中では完成しつつあったこの建築も、まだ現実の建築ではありません。

ここからは、理想を現実にするための新しい戦いが始まります。

 

金沢プロジェクト連載一覧