寺院を宿泊施設へ | 水と音と植物【金沢プロジェクト#07】

PROJECT STORY 2026.09.25

第6話では照明計画についてお話ししました。

一方その頃、現場では工事が始まり、建築以外の打ち合わせも本格的に動き始めていました。

水琴窟。

音響計画。

植栽計画。

完成した空間を支えるための新たな議論です。

そんな中、下重さん(お施主様)と共に都内へ向かう機会がありました。

まず訪れたのは京橋にあるTODAビルディングです。

戸田建設が手掛けた複合施設で、建築やアートに触れられるパブリックスペースも設けられています。

そこには今回、水琴窟の制作をお願いする渡辺志桜里さんの作品が展示されています。

第6話では照明計画についてお話ししました。

一方その頃、現場では工事が始まり、建築以外の打ち合わせも本格的に動き始めていました。

水琴窟。

音響計画。

植栽計画。

完成した空間を支えるための新たな議論です。

そんな中、下重さん(お施主様)と共に都内へ向かう機会がありました。

まず訪れたのは京橋にあるTODAビルディングです。

戸田建設が手掛けた複合施設で、建築やアートに触れられるパブリックスペースも設けられています。

そこには今回、水琴窟の制作をお願いする渡辺志桜里さんの作品が展示されています。

下重さんから、こんな印象的なお話を伺いました。

宿に水琴窟を設置したいと思い立ち、渡辺さんに「水琴窟を作ってもらえないか」と相談されたそうです。

すると渡辺さんから返ってきたのは、

「やるし、いまやってる」

という言葉でした。

下重さんが水琴窟を求めたその時、渡辺さんもまた、それに深く関わるような作品を構想されていたのです。

今回の作品の背景には、そうした、偶然とも必然ともいえる、不思議なタイミングの重なりがありました。

戸田ビルディングの2階に上がると、パブリック・スペースに、巨大な複数の壺が様々な方向を向いて横たわり、その内部にはスピーカーが設置されています。

流れているのは東京以西の各所で採取された、能にまつわる様々な音源です。

しかし普通に聞こえるわけではありません。

壺の中で反響し、拡散し、空間の中へ滲んでいく。

音の位置が分からなくなるような不思議な感覚でした。

後から伺ったところ、この作品の音響設計の一部を担当されていたのが、今回勝隆寺にも参加いただく前田さんと海老子さんだったそうです。

この時点ではまだ詳しい打ち合わせ前でしたが、既に今回のプロジェクトとの繋がりを感じていました。

その後、この日の本番である夜の打ち合わせへ向かいます。

会場は東五反田の「希哲」。

高輪の「Restaurant Karyon」のオーナーであり、下重さんのご友人でもある曽我部さんが新たにオープンされたお店です。

焼鳥店と聞いていましたが、実際には料亭のように一品一品丁寧に提供される素敵なお店でした。

ここで初めて今回の新しい仲間たちと顔を合わせることになります。

水琴窟を担当する渡辺志桜里さん。

音響計画を担当する前田健介さんと海老子恵介さん。

皆さん下重さんの昔からのご友人でもあります。

左手前から渡辺さん、左中央が海老子さん、左奥が前田さん、右奥が下重さん、右中央が田口、右手前が池田さん

まず話し合われたのは水琴窟についてでした。

今回の計画では、本堂中央に水琴窟を設置します。

しかし一般的な水琴窟をそのまま作るわけではありません。

本堂の高い天井から一滴の雫を落とし、その音を拾い、反響させ、空間へ広げていく。

そのためには建築工事と並行して、

給水経路。

排水経路。

マイクの位置。

スピーカーの位置。

オーディオ機器の設置場所。

さらには音を自然に遅延させる銅管の経路まで決めていかなければなりません。

建築工事は既に始まっています。

まずは先行して必要な部分を整理しなければなりませんでした。

完成形を知っている人は誰もいません。

それでも、それぞれの専門分野から意見を出し合いながら、一つのイメージへ近づけていきます。

池田さんが彼らの言葉を拾いながらスケッチをしていきます。図面のないものを形にしていく時、こうした作業はとても大切です。

実際には現地での微調整も必要になるでしょう。

しかし、この日の打ち合わせで大まかな方向性を定めることができました。

音についても興味深い話がありました。

音は目に見えません。

しかし確実に空間を包み込みます。

畳に反射する音。

木の床に反射する音。

硬質なタイルに反射する音。

同じ音でも、受け止める素材によって全く違う表情を見せます。

さらに今回は電子的な処理だけではなく、銅管を使ったアナログな反響も取り入れようとしています。

目に見えない波長が空間を漂い、人の知覚に静かに作用していく。

その世界を、皆で思い描いていました。

打ち合わせの中で、海老子さんがお話しされた言葉が印象に残っています。

一般的な水琴窟は、溢れた水が壺の中へ落ち、その反響音を楽しむものです。

しかし今回は本堂の高い位置から雫が落ちていきます。

落下距離も勢いも全く違います。

その話をしている時でした。

海老子さんが、

「もしかしたら普通の水琴窟とは違って、“ピシャッ”という音になるかもしれませんね」

とおっしゃいました。

一般的な水琴窟のような、

「チリン」

「コロン」

という余韻のある音ではありません。

もっと鋭く、空間を射抜くような音です。

その瞬間、宿の名前である「早矢」のことが頭をよぎりました。

まだ誰も聞いたことのない音。

しかし、その音はこの建物にふさわしい音なのかもしれません。

前田さんと海老子さんは普段それぞれ別の仕事をされています。

しかし実は二人ともロサンゼルスの大学で音響を学んだ仲間でした。

二十年以上の時を経た今でも共に仕事をし、お互いにしか分からない感覚を共有しながら音を作り続けています。

そして偶然にも、私自身も二十年ほど前にロサンゼルスで生活していました。

もちろん当時お互いに面識はありません。

しかし同じ時代、同じ街の空気を吸っていたと思うと不思議な縁を感じます。

その後、華道家の萩原亮大さんも合流されました。

第一印象はとても豪快な方です。

よく笑い、その場の空気を明るくしてしまうような力があります。

写真は下重さんが勝隆寺の構想についてお話しされている様子です。

今振り返ると、この時の萩原さんの表情が忘れられません。

下重さんは「知覚をずらす」という言葉を使いながら、この宿で生まれる体験について説明されていました。

しかし初めて聞く方にとっては少し掴みどころが難しかったのかもしれません。

萩原さんもどこか不思議そうな表情で話を聞かれていました。

ところが会話が進み、「闇」という話題になった辺りから空気が少し変わります。

植物をどう植えるか。

どんな樹種を選ぶか。

そういった話ではなく、

その場所で人が何を感じるのか。

どのような時間が流れるのか。

そんな話へと変わっていきました。

実は萩原さんは、寺社への奉納作品やライブパフォーマンスなど、植物を使って空間そのものを表現する活動を続けてこられた方でした。

なるほど、と納得します。

植物を植える人ではなく、植物で空間をつくる人だったのです。

当初は一部の植栽だけお願いする予定でした。

しかし話を続ける中で、その範囲は少しずつ広がっていきます。

気付けば敷地全体の植栽計画をお願いする流れになっていました。

光。

水。

音。

植物。

それぞれ扱うものは違います。

しかし、この日集まった皆さんと話をしていると、不思議と同じ方向を見ているような感覚がありました。

建築だけでは生まれないものが、少しずつ形になり始めていたのだと思います。

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