寺院を宿泊施設へ|まだ、寺は寺のままだった【金沢プロジェクト#0】番外編
PROJECT STORY 2026.10.30
これまで7回にわたり、金沢の勝隆寺を宿泊施設へと再生するプロジェクトをご紹介してきました。
建築、素材、家具、光、そして庭。
少しずつ、この場所が目指す姿が見えてきました。
しかし、実はまだお話ししていないことがあります。
それは、私たちが初めて勝隆寺を訪れるよりも前のことです。
まだ不動産の売買契約も結ばれていなかった、2025年の春。
今回は少し時間を巻き戻して、このプロジェクトの始まりを振り返ってみたいと思います。
以前ご一緒した仕事のご縁で、下重さんから久しぶりにご連絡をいただきました。
「金沢でお寺を購入しようと思っています。」
そして、続けてこう言われました。
「宿泊施設として活用できるか、購入前に検討してもらえませんか。」
正直に言うと、面食らいました。
寺院を宿泊施設に。
そんな計画に関わったことも、具体的な事例を調べたこともありません。
しかも、まだ購入していない段階です。
もし調べた結果「できません」となれば、この話は始まる前に終わってしまいます。
この時点では、まだ現地に一度も足を運んでいません。
電話とメール、そして手元にある資料だけを頼りに、答えを探す日々が始まりました。
建物は「寺院」、土地は「境内地」
購入前の調査を始めて、最初に立ち止まったのは、この建物の「用途」でした。
登記上、建物の種類は「寺院」。
当たり前のようですが、宿泊施設をつくる立場からすると、これは大きな問題でした。
用途が寺院のままで、宿泊施設として使うことはできるのか。
そもそも、用途変更という手続きは必要なのか。
次に土地を調べると、地目が「宅地」ではなく「境内地」であることが分かりました。
普段の設計業務では、ほとんど目にすることのない地目です。
境内地のまま、宿泊施設は成立するのか。
宅地へ変更する必要はあるのか。
そもそも、変更することは可能なのか。
法務局や金沢市役所に問い合わせると、地目変更そのものは法的に不可能ではないことが分かりました。
ただし、所有者が宗教法人であることや、建物の用途との関係など、確認すべきことはまだ残っています。
普段の設計ではあまり経験しない問題ばかりです。
まるで建物を調査しているというより、謎を解いているような感覚でした。
19.5㎡の増築
そんな中、ことのは不動産さんからお預かりした資料の中に、気になる書類がありました。
「建築基準法第7条第5項の規定に基づく検査済証交付に係る証明願」
昭和29年の増築工事について、過去に検査済証が交付されていたことを証明するため、令和7年4月21日に金沢市から発行された書類です。
おそらく、ことのは不動産さんが売買に向けた調査の中で、当時の検査済証が残されていないことから取得されたものだと思います。
そこには、こう記載されていました。
「申請延べ面積 19.5㎡」
しかし、図面はありません。
どこを増築したのかも分かりません。
そこで、古い登記簿に記載されていた庫裡の床面積と照らし合わせてみました。

古い登記簿に残されていた庫裡の記録。手書きの数字が、建物の履歴を読み解く手がかりになりました。
その数字を見比べているうちに、一つの疑問が浮かびます。
「これは19.5㎡ではなく、19.5坪なのではないか。」
19.5㎡なら約6坪。
しかし19.5坪なら約64.5㎡。
同じ数字でも、面積は3倍以上違います。
古い登記簿の記録と比較すると、19.5坪と考えた方が辻褄が合うように思えました。
そこで、この疑問をことのは不動産さんにお伝えし、金沢市への確認をお願いしました。
まだ購入前だったため、行政への確認や訂正の手続きは、ことのは不動産さんに進めていただきました。
調査の結果、やはり面積の単位に誤りがあったことが判明しました。
ことのは不動産さんに訂正の手続きを進めていただき、当初と同じ令和7年4月21日付で、「19.5坪」と記載された証明書を改めて発行していただきました。

同じ令和7年4月21日付の証明書。左が訂正前の「19.5㎡」、右が訂正後の「19.5坪」。申請延べ面積の単位が訂正されています。
一見すると小さな記載の違いですが、古い建物の履歴を読み解く上では、決して小さな問題ではありません。
何十年も前の増築工事に関する記録を、古い登記簿と照らし合わせ、行政に確認していただく。
設計図を描く以前に、こんな仕事があるのです。
民泊か、簡易宿所か
もう一つ避けて通れなかったのが、この建物をどのような制度で宿泊施設として運営するのか、という問題でした。
民泊(住宅宿泊事業)なのか。
簡易宿所(旅館業)なのか。
制度によって、必要な設備や手続き、その後の運営の自由度も変わってきます。
建築確認申請は必要なのか。
接道条件は成立しているのか。
消防や衛生面の基準は満たせるのか。
さらに、建物には長い年月の中で増改築が繰り返されてきた形跡があり、登記上の面積と現況の面積にも違いがありました。
どこまでが正式に認められた建物なのか。
どの部分を残し、どの部分を整理しなければならないのか。
こうした問題は、実際に建物を確認しなければ判断できません。
この段階では、手元の資料から分かることを整理し、法的な可能性を探ることしかできませんでした。
それでも、前へ進む理由
調査を進めるうちに、民泊としても、簡易宿所としても、実現できる可能性が少しずつ見えてきました。
もちろん、まだ確かな答えが出たわけではありません。
構造や敷地の状況を調べ、行政との協議を進めなければ、最終的な判断はできません。
それでも、少なくともこの段階で、計画を諦める必要はなさそうでした。
「不可能ではない。」
その手応えを得られたことが、何より大きかったように思います。
振り返ると、この時期には現地で撮影した写真が一枚もありません。
手元に残っているのは、古い登記簿や行政資料ばかりです。
建物の中にどのような空気が流れているのか。
長い年月を経た木造建築が、実際にはどのような状態なのか。
それはまだ、写真と書類から想像することしかできませんでした。
やがて売買契約が結ばれ、私たちも本格的な現地調査へと進むことになります。
そして、2025年7月。
初めて勝隆寺を訪れる日がやってきます。
第1話でお話しした、あの夏の日へと物語はつながっていきます。
金沢プロジェクト連載一覧
- 第0話番外編|まだ、寺は寺のままだった(この記事)
- 第1話|勝隆寺との出会い
- 第2話|復元と行政協議
- 第3話|主軸と副軸
- 第4話|理想と現実の間で
- 第5話|素材と家具
- 第6話|闇を起こす光
- 第7話|水と音と植物
- 第8話|近日公開予定